France ![]() 国連 1980 発行 |
切手で綴る フランスの冒険大航海(Great Adventure Voyagee)アメリカ独立革命(IV-13)
バウダン船長 1802 フリンダース船長との出会い |
大航海物語 フランス編★ |
| Australia バウダン船長 ![]() オーストラリア・エンカウンター湾の地図 Encounter Bay 1802 オーストラリア 2002/4/4 発行 |
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| バウダン船長 | フリンダース船長 |
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| カロリーヌ号 | インベスティゲーター号 |
| 1802 バウダンとフリンダースの出会い200年記念 2002 オーストラリアの地図と航海地図 フランス 2002 発行 |
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フランスのニコラ・バウダン船長は、1802年にオーストラリアで動植物の探検調査の航海中に、エンカウンター湾で海図作成中のイギリスのマシュー・フリンダース船長に出会いました。 |
| ニコラ・トマス・バウダン船長 Capt. Nicolas Thomas Baudin(1754/2/17〜1803/9/16) ニコラ・バウダン船長はフランス人探検家で、フランスのシャラント=マリティーム県のラ・ロシェル近くの島、イル・ド・レ島 (Ile de Re, La Rochelle, #21) で生まれました。15才で商船隊に乗り組みました。20才でフランス東インド会社に入社しました。その後フランス海軍に入隊し、アメリカ独立戦争の時にカリブ海で従軍しました。 戦後は船長としてオーストリアの植物学者をインド洋と太平洋に送る船の指揮をとりました。その時に、船上で植物と動物を生存させる方法を学びました。1792年にフランスがオーストリアに開戦すると、現地でフランス海軍に戻ろうとしましたが出来ませんでした。1795年フランスに戻り、フランス国立自然史博物館の植物学者で医師のアントワーヌ・ドゥ・ジュシーユ(Antoine de Jussieu, 1686-1758)を訪ねて、カリブへの植物旅行について語り合いました。そしてバウダン船長は彼を乗船させてカリブ海方面へ出帆しました。その旅行でバウダンは多くの植物、鳥、昆虫のサンプル・コレクションをフランスへ持ち帰りました。 1800/10月にはオーストラリア沿岸の地図製作の探検の指揮官に選ばれ、動物学者9人とフランスの植物学者で鳥類学者ジャン・レシェノート(Jean Baptiste Leschenault de la Tour, 1773-1826)を含む植物学者と共に、バウダン船長の乗船ジェオグラフ号(Le Geographe)とハムリン船長(Hamelin)のナチュラリスト号(Le Naturaliste)の2隻でフランスを出帆しました。1801/5月にオーストラリアに投錨しました。 1801年にはロットネスト島に上陸し、西オーストラリア州スワン川(Swan River、72km)を現フリーマントル港(Fremantle)から探検して川の地図を作成しました。 1802/4/8にはオーストラリアのエンカウンター湾(Encounter Bay)沿岸の海図製作をしていたマシュー・フリンダース船長に出会いました。その後、イギリスのオーストラリア植民地シドニーで補給のために停泊しました。そして、新しい船を購入し、その木の材料の名前をとってカロリーヌ号(Casurina)と名付けました。バウダン船長は彼らが発見した標本でいっぱいになったナチュラリスト号をフランスに送り出し、タスマニア島からティモール島へと出帆しました。彼はその後フランスに帰る途中でモーリシャス島に寄航しましたが、同地で結核が悪化して、49才で亡くなりました。 参考HP:〜 ・スワン川の場所地図(流域地図) ・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。2006/8/10、12/8/18、13/5/5、令和8年 2026/4/3 |