Spain 国連 1988 発行 |
切手で綴る スペインの大航海 (Adventure Voyage)アステカ帝国征服(IV-6)
モンテシーノス神父 1511 スペイン人の先住民に対する残虐行為を告発 |
大航海物語 スペイン編★ |
ESPANA 新大陸からスペインへお宝を運んだ スパニッシュ・キャラック船 Spansh Carrack スペインから新大陸へは人と物資を輸送 スペイン 1964/7/16 発行 |
REPUBLICA DOMONICANA イスパニョーラ島 現在のドミニカ(右側の部分) 現在のハイチ(左側の部分) ドミニカ共和国 1900 発行 |
ESPANA フランシスコ会宣教師 Franciscan Missionaries San Pedro Nolasco 1189-1256 スペイン 1963/9/24 発行 |
CITTA'DEL VATICANO ドミニコ修道会宣教師 Order of the Dominican Preachers 1216 ドミニコ会800年記念 2016 バチカン 2016 発行 |
モンテシーノス神父は、「新大陸」におけるスペイン人の先住民に対する残虐行為を告発して、インディアスに於けるスペイン支配の不当性を訴えた人でした。 |
アントニオ・ド・モンテシーノス神父 Father Antonio de Montesinos (生年不詳〜1540) モンテシノース神父の幼少期についてはほとんど知られていませんが、スペインのカスティーリャ・イ・レオン州サラマンカの聖ステファン修道院でドミニコ会の修道士(Fray)になりました。 1510/9月にコルドバ神父の指導のもと、カリブ海のイスパニョーラ島へ向かった最初のドミニコ会宣教師達と共に大西洋を渡って大航海しました。そしてイスパニョーラ島サント・ドミンゴで布教活動していたモンテシノース神父が、1511/12/21(日)の説教で、スペイン人の先住民インディオに対する不当な扱いを初めて非難しました。その後もモンテシーノス神父は、当時スペインが国家をあげて植民・征服事業を進めていた「新大陸」(中南米)におけるスペイン人の数々の不正行為と先住民(インディオ)に対する残虐行為を告発して、インディアスに於けるスペイン支配の不当性を訴え続けました。 これがラス・カサス神父の運命を変えた最初の出来事となりました。 この運動は、やがてスペイン王室も動かし、フェルナンド2世(在位1479−1516)のもとにインディアス政策を検討するブルゴス会議が開かれ、1512年ブルゴス法(最初の植民地法エンコミエンダ)が制定されました。 その後も活動を続け、エンコミエンダ制のもとではブルゴス法の実効が上らなかったので、1515年インディアスでエンコミンダ制の不当性を訴えていたドミニコ会員たちと相談の上、王室に状況の改善を訴えようとモンテノーシス神父はラス・カサス神父と共にスペインへ向かいました。しかし、フェルナンド2世はまもなく逝去したため、摂政として実権を握っていたフランシスコ・ヒメネス・ド・シスネロス枢機卿およびアドリアン枢機卿(後のハドリアヌス6世、ローマ教皇・在位1522-1523)に謁見して植民地の実情を訴えました。 プエルトリコ島へ戻って先住民の保護と布教活動を続け、同地で亡くなったと伝えられています。 ・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。 2007/2/20、令和6年 2024/11/23 |