★イギリス ジョージ・ソマーズ提督
1609
バーミューダ島植民地建設
大航海物語★

BERMUDA
ゲイツ
ゲイツ & ソマーズ
ソマ|ズ
シー・ヴェンチャー号の難破
1609 ヴァーミューダ375年記念 1984
バーミューダ 1984 発行
ソマーズ提督のバーミューダ島の古地図、1609

バーミューダ 1979/5/14 発行

ジェームス・タウン    シー・ヴェンチャー号の航海地図    プリマス イギリスを出帆する船団
北アメリカ プリマス港
カリブ海 バ|ミュ|ダ島
シー・ヴェンチャー号はバーミューダ島で遭難・沈没
1609 バーミューダ島375年記念 1984

バーミューダ 1984 発行

ソマーズはイギリス海軍でスペインとの戦いで活躍しました。その後ヴァージニア植民地へ支援物資を輸送する船団を指揮して大西洋を横断、1609年カリブ海でハリケーンに襲われ、バーミューダ島の未知の珊瑚礁で乗船”シー・ベンチャー号”が難破しました。バーミューダ島で生き残るため、植民地作りをしながら、難破船のパーツや土地の木材を使用して何ヵ月もかけて船を建造して、ヴァージニア植民地へ到着しました。
サー・アドミラル・ジョージ・ソマーズ提督 (1554〜1610/11/9)
 Admiral Sir George Somers

ソマーズはイギリス・ドーセットの西のライムレギス市(Lyme Regis)で生れました。彼はバミューダ諸島のイギリス植民地の創建者として知られていますが、彼は1591年のアミアス・プレストン卿(Sir Amyas Preston, 1617頃没)率いるスペイン海軍攻撃遠征航海の時に最初の手柄を立てて一躍有名になりました。
彼はイギリス海軍戦烈艦、ヴァンガード号(HMS Vanguard)、スウィフトシャー号(HMS Swiftsure)、ウォースパイト号(HMS Warspite)などの艦長を歴任しました。1603年爵位を授与されナイトに叙任されました。その同じ年にはライムレギス市の議会議員となり、一時期、市長にもなりました。

1609/6/2ソマーズはヴァージニア会社の第3回支援艦隊(Supply Relief Fleet)を提督で旗艦シー・ベンチャー号に乗艦、他の艦船7隻を艦隊司令官として指揮し、新大陸のヴァージニア植民地のジェイムス・タウンへとイングランドのプリマス港を出帆しました。
後年のヴァンガード号の勇姿
HMS Vanguard、1758


ジブラルタル 2007 発行
1609/7/29にカリブ海で猛烈なハリケーンに襲われて、ソマーズ提督の乗船シー・ヴェンチャー号(Sea Venture 330t)がバーミューダ島の新発見の湾の珊瑚礁で難破しました。誰も生還しなかったので、ソマーズ提督は遭難死したと思われました。

ところが遭難した乗組員や乗客は、バーミューダで10ヵ月も生き延びて、教会や家を建築して、バミューダ島植民地の基礎を形成しました。漂流者の中でソマーズやトーマス・ゲイツ総督が監督して、難破している”シー・ベンチャー号”の木材や索具、そしてその土地の材木から、2隻の船を何ヵ月もかけて辛抱強く作り上げ、その島からの脱出を試みました。

1610/5月に漂流者の内142人を乗せて、2隻の船はバーミューダ島からヴァージニア植民地に向けて出帆しました。ジェイムス・タウンに着いてみると、そこは凶作や病気によってほとんど破壊されていました。支援艦隊からの物資は着いていましたが、同じハリケーンが残りの艦隊にもひどい影響を及ぼし、とても少数の物資しか着いていませんでした。バミューダ島からの船が到着して、ジェイムス・タウンはやっと生き残ることができました。

ソマーズ提督は食物に苦労しながらバミューダ島に戻りましたが、その途中で病気になり、1610/11/9にバーミューダ島で56才で亡くなりました。その後バーミューダ諸島の島にソマーズ島(Somerset Island)と名づけて彼の偉業が称えられました。

ヴァンガード号の装備:〜:
 HMS Vanguard、1586
船 型 ガレオン型戦艦(32-gun galleon)
帆 柱 3本マスト
長 さ 31m
11m
重 量 500屯
武 装 砲32門
進 水 1586、ロンドン(Woolwich London)
末 路 1630、解体処理(Broken up)

ヴァンガード号の装備:〜:
 HMS Vanguard、1678
後年のヴァンガード号の勇姿
HMS Vanguard、1758

ジブラルタル 2007 発行
船 型 2等戦列艦90-gun second rate ship of the line)
帆 柱 3本マスト
長 さ 48.8m
13.4m
重 量 1,505屯
武 装 砲90門
進 水 1678、ポーツマス(Portsmouth Dockyard)
末 路 1769、解体処理(Broken up)

参考HP:〜
ライムレギス市の地図
バーミューダ島の地図

・上記はこちらの文献などを参照させてもらいました。   2006/10/31、 08/10/15、13/6/7
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